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ネテモサメテモ

強がったポーズの女の子

あしたとさよなら【死産記録その2】

2月7日(日)

朝から処置

昨日入れたラミナリアを抜き
さらに本数を追加
12本に

入れるときは激痛

知ってはいたけれど、痛くて辛くて涙が出る

あしたを出すのがこわい
まだその思いが強かった

夫婦でお腹をさすりながら話した

あしたはダンディ・ウォーカー症候群という
脳の先天性形成異常を持っていたけれど

わたしたちは元から
ダウン症や、知的障がい、身体障がいの子どもも
わたしたちのところにきてくれたなら
できるだけのことをして育てようね
と話していたし

あしたも障がいがあるけど、それでも
きてほしかったよね、会いたかったね、
わたしたちに遠慮することなかったのに、とか

子どもは親を選んでくると言うけれど、
結婚して3年、夫がずっとほしがっていた
子どもを授かることができたのに

二人とも健康で健全で稼ぎもあって
子どものためなら片方が仕事を辞めたり
環境を変えるために地元に帰ったり

もし二人に不幸があっても
互いの両親が生きていて、
しかも保育関係の仕事をしてる人たちだから
孫を引き取ってもらうことだってできる

子どもを第一に優先できる考え方と環境だから
何不自由させないのに
どうしてわたしたちにこんな不幸が、とか

1日中泣いていた

夫の父から電話がきて、
「葬式を出してやりたい」と言ってくれる

まだあしたの顔も見ておらず、
不安しかなかったわたしたちは自信がなくて
「二人で見送りたい」と答えた

でもうちの母から、
「顔を見たい」というメールもきて
数日しか見られない孫の顔を見たいと願う
(義)両親の気持ちを、わたしのエゴで
止める権利はないと思った

出産後、また連絡すると告げる

前日、「俺はもう泣かない 彩の方が辛いから」と
気丈に振る舞い、
泣きじゃくるわたしを励ました夫は、

死亡届の手続きの説明を受け、
「届に名前の欄があったら
 朝(あした)って書いてもいい?」と尋ねて号泣

わたしと同じか、それ以上に
あしたがきてくれるのを心待ちにしていた夫の
愛情深さがたまらなくありがたかった

わたしと同じように泣いて、悲しんでくれた